単なる観光地に成り下がったのはやはり2000年以降だろうか?
1991年にピナツボ火山噴火を機に返還されたクラーク基地。
パンパンガ出身のアロヨ元大統領が大統領に就任したのが2001年なので、やはりアロヨの肝いりで再開発が進んだと行っても過言ではないだろう。

その後、日本のニュースでは、2002年あたりに、クラーク再開発がクローズアップされている。
さらに、あんへ在住の白人のブログなんかを見ると、2004年あたりから、いろんな仕事が出来始めたと語っている。

要は2000年初頭の新興国ブームに乗って、このクラーク再開発地域が活性化したのは間違い無いようだ。

基地近くにはあっと言う間に韓国タウンが出来上がった。
さらに、最近ではなんとフィーズでもインド人を見かけるようになった。

アロヨの当初の思惑通りに物事が進んでいるかどうかは不明だが、交通路の整備やクラーク基地跡の再開発の進展を見ると、少なくとも失敗したようには見えない。

さて、そんな発展を遂げているクラーク基地周辺で、観光地化しながら今でも拡大しつつある元米軍慰安通りがフィールズだ。
フィールズが整備されて、ただのフェンスが、フィールズの通りを隠すように、今のガレージ店舗になったのは何時だっただろうか?
今は無きヒロさんが建てたばかりのコンクリート建ての建物が取り壊されたのが随分前のように感じるが、多分2004~2006年頃だろうか?

この経済特区は再開発事業団が管理しており、2000年初頭の段階で、20年にかけて開発継続すると発表されていた。

ま、細かい説明は以下のリンクにおまかせするとして。
http://www.clark.com.ph/default.asp?module=Home

外からフィールズを隠すようにフェンスがガレージ店舗と化した頃から、この街は、フィールズに対して何かを思い始めたに違いない。少なくとも発展する道は違ってきたようだ。

よく、フィールズから莫大な金が動いてるから云々と言う人も居るが、たかがバーだ。
バーやバーの従業員相手に潤う範囲なんてのはたかが知れている。

経済特区についての話しをすると長くなるので、割愛するが、最近では皆スービックから荷を上げたがる....と言えば、全て察しがつくだろうか?

ま、そんなこんなで、フィールズのバー連合がパンパンガの重鎮を制するには、段々と分が悪くなっているようだ。

前置きが長くなったが、偶然ながら先日Lに手入れが入り、壊滅の危機に晒されている時に、フィールズでも手入れがあった。





言わずと知れたドールハウスグループのポニーテール。
ボディーペインティングで足を掬われたようだが、こちらは強面で名高いCIDGの手入れとなっている。
店のマネージャーに従業員数名が身柄を拘束され、店はL同様市長命令の札がかかってあえなく閉店。

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時期を前後して、フィールズのバー閉鎖命令の手続きを通すだの通さないだので、市長やその周辺がゴタゴタしていた事を考えると、これは単なる見せしめなのか、はたまた外圧によるふフィールズ撲滅の一歩なのか......そこら辺はよくわからない。

先日、あるバーで飲んでいたら、そこの白人オーナーが他の白人達と、スービックにでも移転するか?....等と冗談なのか、本気なのかわからんけれど話していた。

しかし、オレに言わせればスービックはスービック経済特区で、クラーク経済特区とは別にアロヨのドル箱だ、もしフィールズが駄目なら、こちらも将来的にはどうなるかわかったもんじゃない。

ま、この辺はバハラナなこの国のことだから、何とも言えないが、唯一言えるのは、この通りもCIDGの手入れなんかを食らう位有名になったという事だろう

PS
ultra掲示板から
2008にJolly Frog Barが手入れ食らってますが、こちらは単なる今回とは大分意味合いが違うようです。
http://www.gmanews.tv/story/90441/24-GROs-nabbed-in-police-raid-in-Angeles-City