2010年10月

深くて長い河の先には...Bちゃんに捧ぐ~その7

さて、久しぶりのBちゃんとの再開。
マニラミーティング後の田舎での出来事をまずは聞いた。

詳細は彼のブログに書かれているので割愛。
オレは、田舎に行ったら、絶対に宴会はしちゃ駄目。昼間から酒飲んでも駄目だとキック言っておいた。
大抵はここから崩れるからだ。

田舎の閉鎖的な空間では、一人で酒飲むというのは部屋に引きこもってこっそり飲む以外は非常に難しい。
さらに、ビール数ケースでも2000円か3000円、日本人にとってみれば、大した出費じゃない。
カミさんの家族とちょっと飲むつもりが、いつの間にやら近所の知らん連中が混ざってくる。

しかも、酒宴を開くというのは金持ちの象徴のように捉えられる。
だからして、大抵は酒宴でただ酒飲みからウータン攻撃へと、ずうずうしさがエスカレートするのが常だ。

さて、今回のBちゃんはと言うと、到着後酒宴は開かなかったらしいが、相手も流石で、勇んで田舎に飛び込んだBちゃんはいとも簡単に外堀を埋められた秀頼大阪城状態となってしまったらしい(笑)

酒宴は開かなかった反面、酒宴のせびりの洗礼は受けたようだ。
しかも、あれだけ昼間から酒を飲むなと言ったにもかかわらず、飲んでしまったらしい(爆)
これまた叔母さんに皮肉られたとブログには書いてあったが、チスミス材料になったのは間違い無いだろう。

なにせ、閉鎖的な田舎社会では、外国人は自分の思った以上に注目を浴びているものなのだ。
そして、彼らの関心事は、当然ながら金だ。

特に、彼の田舎のように近所の半分は何らかの親戚関係となると、これはもうクモの巣にかかった虫状態だと思った方が良い。
こういった環境ではクモに食われないように、現地に溶け込むようなレベルの生活をするしかないのだが......

さて、田舎庵生活の拠点である、家を建てる予定であったBちゃんは、カミさんが買ったという「市の分譲地」をまずは下見した。

この「市の分譲地」
ちょっと田舎住まいした事の有る人なら、必ずと言って良い程、この話しを聞かされたと思う。
というか、そういう人達と話すと必ず出てくるのが、この「市の分譲地」だ。

しかしこれが曲者。
日本的な市の分譲地とは似てもにつかないもので、大抵は市長の個人的な土地資産の分譲である。
要は資金集めの材料なのだ。

田舎の市長なんてのは、大抵その土地の名士であるからして、金が必要になれば、山一つならして分譲地を作って売るわけだ。
市の分譲地=市長の土地の分譲地.....という訳だが、実は実際に買うヤツは少ない。
理由は単純に安くはないからという事と、そんな土地を買う余裕があるなら、仕事の有るメトロマニラに出て行きたいというのが心情だろう。

かくして、日本的「市の分譲地」を想像していたBちゃんは、荒れ果てた「市長の土地資産分譲地」を見て、愕然とした。
こんなライフラインも無いような場所には住めん....という結論に達したらしい。

ところが、場所や環境なんかはまったく関係無く、ただ夢の住まい建設に燃えているカミさんの勢いはそう簡単には止まらない?(笑)
勢い余って、家の建築計画まで具体的に進める話しとなったらしい

ここでもくいつかの注意をしておいた。
予算の三割り増し理論だ。
これは、総体の三割増しという意味では無い。

話しの発端が、具体的な建設業者から離れれば離れる程、驚く程の人間を介在する事になる。
日本ではとても考えられない位、話しがいろんな人を経由し、その経由毎に三割増しとなるのだ。
なので、気がついた時には元々の予算とは似ても似つかない程の金額に膨れ上がる。

しかし、その経由する人間共が管理をするのかと言えば、そんな事はまず無い。話しを振るだけなのだ。

ここでもBちゃんは日本の不動産経験を生かした対応をしたらしいが、もちろんの事、こちらの不動産事情は日本とはまったく違う。
いや、性格には全然違う訳では無く、「微妙に全てが違う」と表現した方が適切かもしれない。

あえて言えば、昔、日本でも大工が家を請け負っていた頃と多少似てるだろうか?
こちらでは、大工の棟梁が施工を仕切るが、その仕切りには責任が無い。日程オーバー、予算時との建材違いなんてのは序の口。
かくして、大抵の人は、家を建てた時の予算はオーバーすると相場は決まっている。

そういえば、昔、不慮の死を遂げたGさんのアパートを見に行った時、大幅に予算をオーバーしながら、完成までは程遠い状態を見て、ああやっぱりと思ったのを思い出した。

いずれにせよ、これまた閉鎖的な田舎で日本人が家を建てるなんて話しが出れば、それこそいろんな輩が沸いてくる。

設計を頼むというカミさんの友人に施工管理も頼もうとしたらしいが、彼はそういう所を懸念したのだろう....施工管理は辞退されたらしい。

ちなみに、彼の家の説明部分に、「地盤が悪いのか全面セメントの」と書いてあるが、これは地盤とは関係無い。
このコンクリの上に直接タイルを敷いて床完成である(爆)

つづく

深くて長い河の先には...Bちゃんに捧ぐ~その6

さて、隠居の身のやもめオヤジと、P国貧乏生活に憧れた破産オヤジが密会するには、あまりにも生々しい場所では有るが、このニューポートシティーコンプレックスはなかなか凄い場所だった。

待ち合わせはマリオットホテルロピー。
日本のマリオットは三流だが、ここのマリオットはロビーの広さも雰囲気も一流の雰囲気が漂っていて、なかなか良かった。
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しかし、夕方マニラやマカティー方面からここに来るにはかなり骨が折れる。
エドサ、ロハス、エアポートロードの渋滞だ。
この日は、特にこの時間だけ南国特有の短時間豪雨で、車が全然動かない。

30分近くも遅れて、ホテルに着いたが、Bちゃんは、ロピーのデカイソファーに気持ちよさそうに半分埋もれて、待っていてくれた。

その後、自分がニューポートシティー初めてだったので、少し散策してみたが、なかなかおもしろそうな場所だ。

カジノは非常にオープンな雰囲気で、中央にステージも有って、コンサート等も行われるらしい。

ホテルには高級ブティックが並んでるが、グリーンペルトとはかなり違った雰囲気で、こちらの方が高級感が有る。

さらには、レストラン街も、ラインナップがちょっと違っておもしろかったが、何故か、こちらの店はユニフォームというかコスチュームというか、に凝っているようだ。
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これ以外でも、ホテル一階のコーヒーショップではこの国じゃ見た事も無い様なコスチュームを身に着けていた。

飯にはまだ時間が有ったので、吹き抜けのフロアーが見下ろせるカフェでまずは近況を聞いたのだった。
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つづく

LIQUOR BAN

25日はバランガイ選挙ですね。
毎度の事ですが、24日0時から酒類の販売は禁止となります。

LIQUOR BAN

カラオケでは出す所も多いですが、ローカルは殆ど出さないかと。

日曜にSM行ったら、酒売り場には写真のような看板が........

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所で、SMでぶらついていたら、何と偶然にBちゃんと遭遇。
先日の台風にも無事でマニラに戻ったとの事。

ニノンの絆は強し!(爆)

深くて長い河の先には...Bちゃんに捧ぐ~その5

先日、ずっと音信不通だつたBちゃんから、明日はパサイに居ます..と突然連絡があった。
ちょうど、どうしてるかな?....と気になっていた頃に、噂をすれば影である。

パサイは何処に居るかと言えば、カミさんのおばさんの所に居るらしい。
まずは、近況を聞こうと、第三空港前に出来た巨大な再開発地域、ニューポートシティーコンプレックスに向かった。
http://www.newportcity.com.ph/

このニューポートシティーコンプレックス。
第三空港を利用する際に、いつも見かけ、こんな所よく開発するもんだ....と思っていたが、ルスタンスデパートをはじめ、カジノを有するMaxim's Hotelに、日本ではそれ程高級ではないが、こちらでは間違い無く高級ホテルのMarriott Hotel。

ゴルフ場に、コンド群はEastwood cityの開発で名を馳せた、メガワールドが開発している。
このメガワールドも中華系で、実は道場に通ってきている生徒の一人が経営者の家系で、やはり親御さんがEastwooodのコンド管理会社を経営しているが、いつも二人のガードマンを従えてたりする。

しかし、バサイ方面は待ち合わせに適しているランドマークが少ない。
空港方面なら、この辺り。
海沿いならMOAだろうか?

いずれにせよ、突然の連絡に、Bちゃんとの待ち合わせ場所は、マニラでも有数の高級コンプレックスタウン、ニューポートシティーのMarriott Hotelロビーと相成った。

つづく

深くて長い河の先には...Bちゃんに捧ぐ~その4

さて、逃亡前夜のマニラミーティングで、Bちゃん夫妻を前にしていろいろと話しを聞いていると、やはり若いピーナ妻とPフリークオヤジ独特の雰囲気を醸し出しているのに気がついた。

それは、言い換えれば朝日と夕日のコントラストだ。
実はこれが深くて長い河の一面でもある。

カミさんは日本に行って二年目。
マニラのカラオケでは幾ら稼いでいただろうか?
売れっ子であったとして月20000ペソか30000ペソか?
それでも日本円では4万円から6万円と言った所だ。
しかし、日本では給料激減したと言っても、その数倍は稼げる訳だ。

しかもカミさんの話しを聞くと、金を蓄え将来は自分の仕事をしたいらしい。
こういう話しがまともな話しか、適当な話しかは別として、大抵のジャパユキはそういう夢にチャレンジしたいと言う野望を持っているものだ。
そういう訳で、日本へ行って二年という彼女はまさに日昇る勢いと言えた。

一方で、Bちゃんは改めて書かなくとも、あと年金出るまで細々と田舎で貧乏庵生活を楽しみたいという、もう日が暮れる直前の人生を生きている訳で、このコントラストはPフリークオヤジと20代ピーナのカップルではよくお目にかかる。

カミさんはバンバン稼ぎたいのだ、片田舎の漁師の娘として貧乏のどん底で生まれた彼女は、稼ぎ頭として家族の女王の座に君臨し続けたいのである。
家も欲しいし、車も欲しいし、歳とっても稼げる自分の仕事が欲しいのである。

片田舎のパレンケで、値切って買った食材で細々と夕飯を作って子供と歳取った旦那三人で飯を食うなんて生活は論外な訳だ。

かくして、これからの人生の為に金を稼ごうという気合の入ったカミさんと、田舎で食っていければいいじゃないか..と、人生消化試合状態に入っているBちゃんの話しは、まったく噛み合わないまま、逃亡前夜マニラミーティングの時間は過ぎていくのであった。

つづく

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